北海道の江戸時代「アイヌ文化時代」


北海道の歴史
北海道の歴史を時代毎に考察し、主な出来事を史実ごとに事実と共に個人の感想を織り交ぜながら紹介します。
◇江戸時代の北海道

江戸時代の北海道について、紹介していきたいと思います。
 北海道の人々は、江戸時代を迎えても、なお本州の人々とは異なる文化で暮らしていました。
まず、北海道を時代別に分けると、旧石器時代、縄文時代、続縄文時代、擦文時代、アイヌ文化時代となります。時代別にみると分かりますが、弥生、古墳・奈良、平安、鎌倉、室町・戦国、江戸といった時代は、北海道には一切当てはまりません。縄文時代までは、本州と文化や暮らしも同じでしたが、弥生時代に移行せずに独自の文化を築いてきたのが北海道です。

アイヌ文化時代
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アイヌ文化時代

本州での江戸時代は、北海道で言うと「アイヌ文化時代」に当たります。アイヌ文化の特徴は、漆器や鉄器の使用、平地式住居などがあります。アイヌ文化は、擦文時代の擦文文化で栄えたオホーツク文化が大きく影響しており、年代は明らかになっていませんが、擦文文化を担った人たちがオホーツク文化の影響を受けながら、アイヌ文化を形成しました。

そうしたこともあり、アイヌ文化時代の人々(以下、アイヌの人またはアイヌ人)もまた季節になると大量に川に遡上してくるサケやマスを主たる食料としていました。
「自然」に食糧を求めるという形の暮らしも変わっておらず、アイヌの人たちは一年の多くを食糧採取に費やしました。特に、野生動物は、一度で採りつくしてしまうようなことはせず、必ず「根」を残し、次の年の分を確保しながらの採取でした。
四季折々に取れる野生植物や動物、魚介類などは、家族の食卓に上るとともに、長い冬の間の食糧として、あるいは飢餓などに備えるために蓄えられました。

 またアイヌ文化時代では、活発な交易を行っていたことが、近年明らかにされています。
アイヌの人たちが得た収穫物は、自分たちの食糧や生活用具の材料などに充てる以外に交易でも用いられ、エゾシカ、クロテンなどの動物の毛皮やタカの羽などは、ガラス玉、絹織物、金属製品などと引き替えに和人をはじめサハリン(樺太)、沿海地方、カムチャツカ地方などに住んでいる周辺の民族へ交易品として渡っていきました。

 その証拠に、アイヌの人たちの生活を支えた食糧採取の内容や、そこで使われたマレク漁、キテ猟、仕掛けわな猟の狩猟、漁労用具などは、沿海地方やカムチャツカ地方などに住んでいる周辺の民族の場合とよく似ています。このことは、アイヌの人たちが周辺の民族とふれあい、交流を重ねながら自分たちの暮らしを築いてきたことを物語っています。
 アイヌ文化時代の後半になると、アイヌの人たちも自分たちで野菜を作るようになり、多くの野菜が料理に用いられるようになりました。
 そしてアイヌ文化時代は、明治時代まで続くことになります。
明治時代からは、時代別にみても、本州と同じ時代を過ごしており、本州からの移住者の増加とともに、アイヌの人たちを取り巻く環境も大いに変化し、食生活もまた大きく変化していきました。このころに作られた料理の多くは、現在の北海道内各地で日常料理として作られており、当時の伝統が今に伝わっています。


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